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2011年1月17日月曜日

テクニカルライティング

年表(http://nenpyo.org/katuhiko0821)に書いた1994年の出来事。

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テクニカルライティングに出会う。
それまで国語は嫌いな科目だった。
例文を読んで筆者がどのように思ったかを答えなさいという問題。
自分の考えが筆者(模範解答)と違ったら間違い。
一つだけという解答に納得ができなかった。
だから、答えが一つだけの数学や物理が好きだった。
で、出会ったのがテクニカルライティング。
正しく、相手に伝えることを目的とした言語学。
正しく伝わる・伝わらないという明確な判断基準があり、国語嫌いな自分だったけど、一目惚れし、就職活動も「テクニカルライター」(取扱説明書を書く人)に絞って活動したくらい。
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確かに「テクニカルライティング」の出会いが、その後の自分を変えましたし、学生から社会人になるターニングポイントで出会えたことを感謝しています。大げさですが、運命とも思っています。

今でも覚えていますが、大学3年の時、テクニカルライティングの初めての講義で、八戸教授が「横須賀線は博多駅に止まる。これは事実か?」という例題を出しました。
自分の答えは「No」。横浜出身の自分としては、横須賀線がどこに止まるかくらい知っている的な感じで「No」という答えに揺るぎない自信がありましたが、答えは「Yes」
この授業は、相手に正しく伝えるという視点で、「事実」と「意見」の違いを紹介するものでした。
横須賀線は博多駅に止まらないと全員が「No」と言えるという客観的な事実。だから、「事実か?」と問われたら、答えは「Yes」。
「広末涼子さんはかわいい。これは事実か?」。かわいいから「Yes」と答えるも、答えは「No」。
人により「かわいい」「かわいくない」という判断基準は違うから事実ではない。これは「意見」だから、答えは「No」。これだけで、テクニカルライティングに惹かれました。

その後、卒業研究でテクニカルライティングを探求し、就職後はテクニカルライターになり、世の中から使えないモノをなくし、誰もが不満を抱かずに過ごせる世界を実現したいという夢を抱き、NECホームエレクトロニクスという、家電を扱っているNECグループ会社に就職。
就職後、取扱説明書を読まなくても使えるモノ創りをした方が更に素敵な世界だろうと思い始め、商品企画をすることに。

こんな感じで、商品企画やマーケティングという素敵な仕事に導いてくれたテクニカルライティングとの出会いには感謝しています。

で、今、振り返ってみると、相手に正しく伝わる/伝わらないという「事実に基づく判断基準が一つだけ」の言語学であるテクニカルライティングに惹かれたのも事実だけど、そもそもは、ある文章を読んで、筆者と自分の考えが異なるという「意見のマルチアンサーを許容する」世界を潜在的に探求し続けていたのだと気づき始めた最近。

筆者の考えという単一解(=押し付け)でもなく、筆者と自分の考えの最大公約数でもなく、回答者全員の考えの最小公倍数を求めていたんだと、大学を卒業してから15年経過して気づきました。




2 件のコメント:

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    ですね。
    まさにそれは「余白」なのだと思います^^
    僕は昔から「余白」と「曖昧」ばかりで生きてますが、その方が、相手の心に刺さる。共感を呼ぶということを体感しています。

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  2. SECRET: 0
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    ��【500万人泣かせる】物書きシャッターマン米田真介さん
    素敵なコメント、ありがとうございます。
    こんな振り返りができたのも、先週、米田さんにお会いしたからです。
    色々と、点と点が線で繋がり、それが面、いや、輪となり、その輪を描ける「余白」の存在を実感するようになってきました。
    これまでも、言葉では「余白」という表現を使っていたのですが、実際には、ちゃんと理解というか実感していなかったと思っています。

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